金魚による宇宙酔い実験

愛知県弥富町で生まれた金魚が乗った、スペースシャトル・コロンビア号が アメリカ東部夏時間の1994年7月8日午後0時43分、NASAケネディ宇宙センターから打ち上げられた。このスペース・シャトルには、6人の乗組員の一人として、日本人では初めての女性宇宙飛行士である向井千秋さんも乗り組んでいた。
このミッションは、IML-2(第2次国際微小重力実験室)と呼ばれアメリカ、カナダ、ヨーロッパ、日本など7機関が19の実験装置を提供し13カ国の研究者が参加して81テーマの実験が行われた。

金魚の選別の様子

金魚の実験の目的は、宇宙の微小重力環境で泳ぎ方がどう変化して、宇宙飛行中にどう変化するかを調べ、宇宙酔いなどの異常の原因を明らかにすることにありました。 生物が異なった環境におかれると、最初はいろいろな変調を示しますが、しばらくするとその環境に慣れ順応する例が多く見られます。では、宇宙の無重量環境におかれた場合はどうかと言うと、 ヒトの場合、半数が吐き気などの乗り物酔いの症状を訴えます。これが宇宙酔いといわれているものですが数日のうちには順応します。この宇宙酔いがなぜ起りどうして無くなるのかと言うのは、宇宙での仕事の能率の面からNASAでも重要な問題と考えています。前回の毛利さんも今回の向井さんも宇宙酔いになりましたが無事に仕事を終えて帰還しました。

今回の金魚の実験は、この宇宙酔いを、環境が変化した時に順応する過程のひとつだと考えて行われました。金魚に吐き気がするかどうか質問するわけにもいきませんから、その行動をビデオに録画して解析することにしました。金魚は地上でも色々な行動や姿勢を示します。しかし、正常で あれば背中を上に腹を下にした姿勢で泳いでいます。 つまり金魚は上下が感覚としてわかっていると考えられます。では、どの様にして金魚が上下を感知してるかというと、一つは耳石器官です。この器官では、細胞の上に石が乗っており、頭が傾くと石がずり落ちようとするので傾きが感知できるという原理です。二つめは眼に入る光によるものです。自然界では普通、上から光が来ますから その方向に背中を向けようとします。 三つめは、浮力を感じていると考えられます。魚には空気のはいった浮袋があり、水中では体重によって下へ沈もうとする力と浮袋による浮力によって上へ引っ張られる力によって姿勢を保っていると考えられます。その他にも水圧や筋肉の緊張感なども姿勢を安定させるのに役立っていると思われます。

宇宙へ飛んだ兄弟金魚

宇宙飛行をした金魚は6匹ですが、なかには耳石器を取り除いたものも含まれます。宇宙実験では、片側耳石器を摘出してから6ヵ月経過 した金魚を2匹、両側の耳石器を摘出してから6ヵ月の金魚を1匹、 片側の耳石器を摘出してから2週間の金魚を2匹および正常金魚を1匹を宇宙飛行させました。特に片側だけの耳石器を摘出した金魚の数が多いのには理由があります。それは、片側だけの耳石器を取り除いた方が宇宙での感覚の混乱が大きいと考えたからです。さらに、片側の耳石器を取り除いてから時間が経過した金魚の方が 取り除かれてからあまり時間の経過していない金魚より重力の消失の影響が大きいと考えられます。宇宙での実験の方法は簡単で、光の方向を切り換えた時に、金魚がそれを手がかりに姿勢を保ってくれるかどうかを ビデオカメラで撮影するだけです。宇宙金魚の行動として予想していたのは、 正常な金魚は腹を内側にした回転行動(ルーピング)、片側の耳石を取り除いた金魚は手術された側への回転行動(ローリング)、両側の耳石を取り除かれた金魚はほとんど影響を受けない行動をするということでした。結果は、予想どおりルーピングを観察することができました。しかし、その回転は腹を内側にしたものではなく、背中を内側にした回転でした。また、このルーピ ングは正常、片側耳石摘出、両側耳石摘出のすべての金魚で観察されました。無重力でなぜルーピング をするかはいまだ不明ですが、両側の耳石が無い金魚 でも観察されたことから、耳石の感覚が消失すること だけが原因ではないように考えられました。
また、ローリングも観察されましたが、片側の耳石の無い金魚でその手術側への回転でした。さらに、片側の耳石を取り除いた金魚で、手術側に体が曲がる姿 勢が観察されました。このような姿勢は、手術直後によく観察される姿勢ですが、宇宙飛行の前には観察されていなかったことから、無重力によって感覚の異常が生じ、筋の緊張状態が左右でアンバランスになった結果だと考えられました。
もう一つの目的である、宇宙で順応が観察されるかという点からみると、この姿勢の異常は約1週間後にはなくなりました。したがって、この金魚は宇宙で順応したと考えることができます。また、ローリングは約1週間で無くなりましたが、ルーピングは、 頻度の減少はありましたが、2週間の飛行中に無くなることはありませんでした。このように姿勢や行動は宇宙に順応しているようにみえますが、さらに詳しく解析する必要があります。

金魚の実験の目的は、宇宙の微小重力環境で泳ぎ方がどう変化して 宇宙飛行中にどう変化するかを調べ、宇宙酔いなどの異常の原因を明らかにすることにありました。著:高林 彰